オーストラリアのインサイダー取引規制
オーストラリアにおいても、インサイダー取引は金融市場の健全性(integrity of financial market)を損なうものとして厳しく規制されており、その規制内容はCorporations
ActのPart 7.10のDivision 3(1042A条以下)において規定されています。
インサイダー取引(insider trading)とは
インサイダー取引とは、ある「金融商品」に関する「インサイダー情報」を保有している者が、当該情報がインサイダー情報であることを認識しながら、又は合理的に認識すべきでありながら、以下のいずれかの行為を行うことをいいます(本人の行為として行うか、又は誰かの代理人の行為として行うかを問わない)。
(1)当該金融商品の応募、取得又は処分
(2)他者に当該金融商品の応募、取得又は処分をさせること
(3)他者が当該金融商品の応募、取得又は処分を行う可能性があると認識していながら、又は合理的に認識すべきでありながら、当該他者に対して当該情報を提供すること
(1043A条)
行為者がインサイダー情報を利用したか否か、インサイダー情報が行為者の意思決定に影響を与えたか否か、行為者の行った行為がインサイダー情報以外のその他の理由に基づくものであったかは関係がないとされています。
インサイダー取引の対象となる「金融商品」の範囲には以下が含まれます(1042A条)。
・ 証券(Securities - 株式、債券及びこれらのオプション)
・ デリバティブ
・ 集団投資スキーム(Managed Investment
Scheme)の持分
・ 政府の発行する債券等
・ 年金基金の持分
上記(3)の行為については、その対象となる金融商品は、オーストラリアの金融市場(Australian Securities Exchange)において取引されている金融商品に限られます(1043条(2)(c))。
「インサイダー情報」とは、(1)一般的に利用可能ではなく(not generally available - 1042C 条)、かつ(2)金融商品の価格又は価値に重大な影響(material effect - 1042D条)を与えると考えられる情報をいいます(1042A条)。
誤った情報や不確かな情報であっても上記の要件を満たせばインサイダー情報に該当します。
(1)の例としては、政府機関に届出されて一般人が閲覧可能となった情報や証券取引所にアナウンスされた情報が挙げられます。
(2)の例としては、会社の財務・決算情報、M&A取引、重大な訴訟、重大な契約の締結、画期的な新製品の開発、資本構成や根本的な経営戦略の変更が挙げられます。
インサイダー取引に対する罰則
インサイダー取引に対する罰則として、以下の刑事罰と民事罰があります。
(1)刑事罰(criminal penalties)
検察が違反者を刑事訴追して、裁判所が以下のような刑罰を与える判決を下します。
・ 違反者が個人の場合は、「10年以下の懲役」及び/又は「4,500 penalty
units(945,000豪ドル)又は違反者が得た利益の3倍の金額の罰金」
・ 違反者が会社の場合は、「45,000 penalty units(9,450,000豪ドル)、違反者が得た利益の3倍の金額、又は会社の年間売上金額の10%の金額のうちの最大の金額を上限とする罰金
(1311条、Schedule
3のItem 31)
(2)民事罰(civil penalties)
ASICが原告となって違反者を被告として裁判所に訴え、裁判所が以下のような命令を下します。
・ 違反者が個人の場合は、200,000豪ドル以下の罰金
・ 違反者が会社の場合は、1百万豪ドル以下の罰金
・ 損害を受けた者に対する補償命令
・ 一定期間会社の取締役への就任を禁止する命令
(1317E条、1317F条、1317G条、1317HA条、1317J条、1317K条)
インサイダー取引の調査・訴追機関はASICであり、刑事手続と民事手続のいずれの手続を選択するかはASICが様々な要素を考慮した上で裁量によって決定します。ASICが調査・訴追機関となった2009年から2016年6月までの間に、ASICは42件のインサイダー取引の訴追を行い、そのうち34件で成功しています。インサイダー取引を含めASICが訴追を行った事例については、ASICが毎年出しているASIC
Enforcement Outcomesという報告書に記載されています。
オーストラリアのインサイダー取引規制の適用範囲
インサイダー取引がオーストラリア国内で行われたのであれば、国外で発行された金融商品(例えば、東京証券取引所に上場されている日本株)もオーストラリアのインサイダー取引規制の対象となります。実際にシンガポール証券取引所に上場していた株式についてオーストラリア国内でインサイダー取引を行った者がオーストラリアにおいて処罰された事例があります。
また、オーストラリア国外で行われたインサイダー取引であっても、オーストラリアの会社又はオーストラリア国内で事業を行っている会社が発行した金融商品に関するものであればオーストラリアのインサイダー取引規制の対象となります。
(1042B条)
« オーストラリアの金融サービス業に関する規制 | トップページ | オーストラリアの動産担保法 »
「会社法」カテゴリの記事
- 幻冬舎ゴールドオンラインでの連載(2021.06.20)
- 会社の契約締結、株主総会・取締役会、会議通知、議事録等の電子化(2020.11.20)
- オーストラリアにおける海外(日本)の金融商品の販売・勧誘に対する規制(2020.09.16)
- 株主有限責任の原則とその例外(2020.07.18)
- M&A後のリストラクチャリング(2020.01.10)
コメント