オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その4)
オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その1)、(その2)及び(その3)の続編の記事です。2009年1月に開始したJuris Doctor過程の2年目の夏休みにオーストラリアのBig 6の一つであるAllens Arthur Robinson(現Allens)のメルボルン・オフィスでのインターンの記録を以下に公開します。この記録は当時所属していた日本の法律事務所への留学報告書として作成したものです。以下に記載されている情報は2011年4月時点のものであることにご留意ください。本記事の最後の方で日本の法律事務所が国際的な法律事務所として発展していくためには海外に弁護士を長期で派遣して、外国人弁護士をパートナーとして受け入れていく必要があるといったことが書いてあり、そんなことは日本の大手事務所はどこもやっていると思うかもしれませんが、2011年4月時点では、日本の法律事務所は中国以外には支店を出しておらず、外国人の弁護士のパートナーもいなかったのです。
IV.Allens Arthur Robinsonメルボルン・オフィスでのインターン経験
2011年1月17日から2月14日まで約1か月間、Allens Arthur Robinsonメルボルン・オフィスにおいて、Vacation Clerkshipをさせていただきました。これはオーストラリア留学(Juris Doctor過程)の記録(その2)のII.(1)で書いたSeasonal ClerkshipのAllensでの呼び名で、法律事務所の採用活動の一環として行われるインターンになります。このインターンで良いパフォーマンスを見せると、Trainee(AllensではGraduateと呼ばれる)として採用されます。Allensは、Vacation Clerkを100人程度選び、その中から30人程度を最終的にGraduateとして採用するそうです。私は一般の学生としての立場で応募したのですが、Allensで働いている●●先生を通じて、●●先生にコンタクトしていただき、●●先生の方から人事に話をしていただいたため、採用されることができました。英語が母国語ではない、成績も大して良くない、オーストラリア国籍・永住権もない、といった私の状況では、コネがなければまず採用されません。
インターンは、11月~12月、1~2月及び6~7月の3回に分けて実施されます。私はこのうちの1~2月のインターンを行いました。インターンは、全部で29人であり、その内21人がUniversity of Melbourne出身(JD5名、LLB16名)でした。LLBが1学年3~400人、JDが100人程度であることを考えると妥当なJD/LLBの割合だと思います。同じメルボルンにあるMonash Universityからは4名、Deakin UniversityやLa Trobe Universityからの出身者は1名ずつしかおらず、RMIT Universityは0名でした。通常はMonash出身者がもっと多いようなのですが、この回のインターンでは少ないとのことでした。University of Melbourne出身かMonash University出身でない場合には、学年トップクラスの成績を取らなければ、大手事務所のインターンに採用されるのは難しいということのようです。また、29名中20名が女性であり、女性がマジョリティーでした。他の回のインターンではもう少し男性が多いようですが、成績を重視する大手事務所では、女性の方がロースクールで良い成績をとるため、女性が多くなる傾向にあるそうです。なお、私以外は全員オーストラリア国籍です。アジア系(主に中国系)が私を含めて9名いたので、人種的な違和感はありませんでした。実際にAllensの若い弁護士にはアジア系の方が非常に多かったです(2~3割はいたという印象です。)。
最初の3日間は全体研修であり、その後も毎日1~2時間は必ず何かしらの全体研修が行われました。インターンは、各Practice Groupに分散してインターンをするため、毎日インターン同士が顔を合わせて親しくなる機会を作るために、毎日のスケジュールに全体研修を組み込んでいるようです。
Allensでは朝8時30分から勤務開始だそうですが、あまり出勤時間には厳しくないようであり、9時頃に来所している方も多くいました。多くの弁護士は、午後6時頃には退所します。この点は、シンガポールのノートン・ローズでも同じでした。日本のように午後6時に弁護士がほとんど残っているという状況はオーストラリアでは考えられません。なお、香港で勤務したことがある弁護士によると、香港の法律事務所(イギリス系)は非常に忙しく毎日深夜まで働いているとのことでした。Allensでは、午後7時30分まで働くと、事務所から無料でディナー(事務所にいるシェフが作る)が支給されるそうです。Allensには所内に食堂はありませんが、キッチンがあり、お抱えのシェフがいて、所内でクライアントと会議後ランチをとったりする際に活躍します。
Allensのメルボルン・オフィスは弁護士数が300人程度います。秘書は弁護士4~5人に1名があてられており、秘書は日本の法律事務所よりも多くの弁護士を担当しています。但し、タイピングやコピーの専門部署が別にあり、これらは秘書の仕事を軽減しています。また、Allensでは、弁護士のキャリアパスはGraduate(入所してから1年後の資格取得まで)⇒Lawyer⇒Senior Associate(Lawyerになってから最低4年勤務が必要)⇒Partnerとなっています。Senior Associateというのは弁護士として4年勤務すれば自動的になれるものではなく、パートナーの推薦を受けた上で、所内の委員会での承認を得なければなりません。案件を一人でそれなりにこなせるようにならなければSenior Associateにはなれないそうです。Senior Associateになると、新聞が無料で購読できる、Blackberryが支給されて費用は事務所負担となる、月1回のSenior AssociateとPartnerとの定例会議に参加できる等の特典があります。
Allensはもともとメルボルン本拠の事務所とシドニー本拠の事務所がくっついてできた事務所なので、どちらが本部なのかははっきりしていないとのことです。Managing PartnerのMichael Rose氏は両都市を毎週行ったり来たりしているそうです。なので、メルボルン・オフィスの弁護士にシドニーが本部かと尋ねると気を悪くされます。
Allensでは、Practice Group毎に月1回定例のMeetingを開催して、Group内のコミュニケーションを図っています。Meetingではランチをとりながら、3,4人の弁護士がプレゼンテーション(10分×3, 4)をします。内容は、Group内で知っておくべき案件の説明、海外勤務経験の報告、新しい制度導入の提案・説明(私が参加した回で提案・説明されていたのは、各弁護士が担当した案件を記録するデータベースを作り、弁護士が案件で行った作業内容も記入して、どの弁護士が過去にどういう作業を経験したことがあるのか他の弁護士が参照できるようにする制度でした)等です。プレゼンの後にはクイズ(法律に関係ない普通のクイズ)の出題がされて、弁護士間で点数を競っていました。
IT関係でいうと、Allensではすべての文書データについて文書番号が付けられており、一元的に管理されています。誰がいつ作成したか、どの案件のために作成されたか、誰がどのような変更を加えたか、誰がいつ閲覧したか等の情報が全て誰からでも把握できるようになっており、管理には便利なのかも知れませんが、いちいち文書データを作るたびに案件コードとDescriptionを記入しなければならないので面倒です。
私は、Finance & Banking Groupに配属され、●●先生と同じ部屋に机を置かせてもらっていました。主に●●先生の仕事を見させていただいたのですが、日本企業がクライアントの案件が多く、案件内容は、エネルギー開発の大きなプロジェクト案件から小さなゼネラルコーポレート案件まで色々ありました。●●先生はFinanceの専門家なので、Finance以外の案件になる時は、Allensの内部のその分野の専門の弁護士に依頼して対応しています。オーストラリアで日本企業はかなり大きな案件に関与しており(日本はオーストラリアに対する最大の投資国の一つです)、優良なクライアントであるにもかかわらず、あまりケアがなされていないようであり(オーストラリアや欧米の優良企業のところには訪問に行ったり、食事に誘ったりする等の営業を積極的に行うのに、日本企業のところに行くパートナーはほとんどいない等)、力を入れてクライアント開発を行えば、まだまだ相当の案件が得られそうです。日本企業は、欧米の企業と違って、日本人が主体であり、企業文化も独特であり、英語もあまり上手ではなく、人種も違うので、普通のオーストラリアのパートナー弁護士(パートナーになるくらいの年齢で欧米重視の傾向がある白人の弁護士)からすれば、日本企業にやや距離を置きがちなのはわかるような気がします。外国のクライアント(特にアジア系の日本や中国のクライアント)に対するケアという点では、まだまだ改善の余地があると思われます。
Allensのアジアオフィスで成功しているのは、ベトナムとインドネシアです。ベトナムが成功している理由は、ベトナムにいる2人のパートナーが15年程滞在しており完全に現地化しているからだそうです。現地の法律・実務の知識、政府・顧客とのネットワーク、現地の文化の理解等は、長く滞在しないと得られないものです。インドネシアはもともと競争相手があまりおらず、また現地の有力な弁護士と提携しているので上手くいっているようです。アジア地域では、英米系国際事務所のブランドが非常に強く、オーストラリアの事務所は、英米系よりも価格を安く設定しているにもかかわらず、苦戦をしています。一方で、多くのオーストラリアの弁護士は、英米系国際事務所のアジア・オフィスで活躍しています。オーストラリアの法曹は、弁護士個人としてみるとアジアで活躍していますが、オーストラリアの事務所としてみるとアジアでは苦戦しています。アジア・オフィスやアジアのクライアントに出向した弁護士がそのまま(給与等の待遇の良い)英米系国際事務所に転職してしまう事例も多くあるようです。英米系国際法律事務所が進んでいると感じるのは、現地の弁護士を大量に雇用し、現地の弁護士をパートナーに昇格させているところです(多少の差別はあるようですが)。他方、Allensではまだ日本人・中国人弁護士等の英語がNon-Nativeの弁護士でパートナーになった弁護士はいないと聞いています(提携先事務所(ジャカルタ等)のパートナーは除く)。複数の管轄にまたがる国際案件を処理するのであれば、英語がネイティブの弁護士及び当該管轄の法律を知っている現地の弁護士との協働が欠かせません。これらの弁護士を採用し、日本人と同等の扱いをし、パートナーとして認めていくようにしなければ、良い人材は集まらず、複数の管轄にまたがる国際案件を扱える国際法律事務所になることはできないと思います。オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その3)で書いたノートン・ローズのシンガポール・オフィスのシンガポール人弁護士は、ノートン・ローズに帰属意識を持っており、ロンドンへの出向の機会があったり、ロンドンから派遣されてくる弁護士が事務所に大勢いる等、文化的にもイギリス流に親和しています。また、アジア・オフィス間の交流もあります(例えば、私のインターン期間中にも、アジアでの仲裁業務をどう伸ばしていくかについて検討するという名目で、シンガポールの仲裁グループの弁護士(ほぼ全員、といっても5,6名)が香港に行って会合をしていました。)。日本の法律事務所も少なくともアジアでは同じことができるはずだと思います。
●●先生のもとで最初は日本企業案件に限らず、普通のオーストラリア弁護士と同じ案件に入って経験を積み、徐々に日本企業の案件が増えてきて、今はほぼ100%日本企業案件になっています。日本人弁護士が外国の法律事務所で日本企業案件を扱うためには、日本企業案件に理解のある有力パートナーと組んで二人三脚でやっていく必要があります。オーストラリア人パートナーは英語力やオーストラリア法の実務知識を提供し、所内で他のパートナーに日本企業案件の重要性を説いて協力を求め、日本人弁護士は日本企業への営業(商工会議所等日本人でなければ入っていきにくいコミュニティーもある等)や日本企業のケア(オーストラリア人弁護士と日本企業の担当者との間のコミュニケーションのブリッジ役、日本語での電話相談対応等)を行うといった相互補完の関係です。日本人弁護士は英語力で劣り、文化的にも異分子であるため(アジア系が多いため人種的に異分子という感覚はない)、日本人であることの長所(日本語、日本文化の理解、そして日本企業の担当者が感じる日本人弁護士に対する親近感・安心感(実際に日本人弁護士の方が日本企業のことを良く世話してくれます。))を理解してくれる有力パートナーがいなければ、日本人弁護士が外国の法律事務所で活躍することは難しいと思われます。これがクリアできれば少なくともオーストラリアでは日本人弁護士の活躍する機会はかなりありそうです。なお、日本人弁護士は現地の法律実務に精通し、ある程度の現地の法律問題は自らアドバイスできるレベルでなければあまり意味がありません。日本人弁護士がオーストラリアで活躍するためにはオーストラリアの法律実務に精通する必要があり、オーストラリアの事務所に出向でやってきて1年間滞在するくらいではオーストラリアの事務所で活躍することは不可能だと思います。
Allensのメルボルン・オフィスの弁護士の仕事の圧倒的大部分は国内案件であり、アジアの案件に関与しているのは基本的にアジア・オフィスにいる弁護士です。Allensの国内案件では、Blake Dawsonのように日本企業案件が特に多いわけではありません。インターン向けに行われたAllensの事務所やプラクティスを説明するセミナー(インターン生に対するSales Pitch)に何度か参加する機会がありましたが、イギリスの名門事務所Slaughter MayのBest Friendsであることが常に言及され、Slaughter Mayのロンドン・オフィスに6ヶ月間出向する機会があることが喧伝されていました。●●先生が所属しているBanking & Financeグループのパートナーのほとんど全員が過去にロンドンで勤務した経験があるということですから、弁護士の間にロンドンを重視(崇拝?)する傾向があるのだと思います。但し、若手の弁護士は最近のアジアの発展もあってアジアへの関心が高く、アジア系のバックグラウンドを持つ弁護士も多いので、彼らの年次が上がるにつれて、これからはアジアがより重視されていくようになるのではないかと思います。
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