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信託法

2019年3月20日 (水)

信託の基礎知識(2)

前回の記事からの続きです。

(6)受託者

個人(自然人)でも法人でも信託の受託者になることができます。日本の信託業法のように原則として金融機関等しか信託業を行うことができないといった規制はありません。但し、ASICに登録されたMIS(Managed Investment Scheme)の受託者(Responsible Entityと呼ばれる)は、AFSL(Australian Financial Services License)を保有していなければならない等の規制は別途あります(MISやAFSLに関する詳細については、以前の記事をご参照)。

ファンドなどの投資用ビークルとしてTrust(Unit Trust)が使用される場合、「AET(Australian Executor Trustees Limited)やPerpetual Limitedなどの信託専門業者を受託者とするケース」と「スポンサー等が設立したSPCを受託者とするケース」の2パターンがあります。

信託契約では、受託者に広範な権限が与えられており、信託財産をどのように管理・運営・処分するかについても裁量が与えられているのが一般的です。但し、受託者は与えられた権限を受益者の最善の利益のために行使しなければならないという義務を負っています。

受託者は自らに与えられた権限・機能を外部の業者に委託することもあります。例えば、信託財産の管理や運用をAM業者に委託したり、信託不動産の物理的な管理や運営をPM契約に基づいてPM業者に委託したりすることはよく見られます。また、信託財産の保管をCustodian業者に委託することもあります。この場合、Custodian業者が受託者から信託財産の信託を受けることになり、二重の信託関係が生じます。信託財産の法的な所有者はCustodian業者となります。

(7)信託の責任

信託に関する債務については受託者が責任を負い、外部からの請求に対しては受託者が矢面に立つことになります。受託者はこの債務について、信託財産から支払いを行う(信託財産から補償を受ける)ことになります。

信託契約において受益者は拠出した信託財産を超えて責任を負わない旨の責任限定規定を定めておけば、原則としてその規定どおりの効力が認められると考えられています。このような受益者の責任限定規定の効力をはっきりと認めた判例はないのですが、オーストラリアではUnit Trust(特に投資ビークルとしてUnit Trustが使用される場合)の信託契約には受益者の責任限定規定を入れておくのが通常の実務になっています。この受益者の責任限定は、事業主体として会社ではなく信託を利用した場合において、受益者は当該事業から生じる債務について信託財産の限度でしか責任を負わず、株主が会社に対する出資の限度で責任を負う株主有限責任と同じであるといえます。

(8)信託のガバナンス

信託のガバナンスは、主にコモンロー、信託法(Trustee Act 1925 (NSW)等)及び信託契約によって規律されます。信託がJoint Ventureである場合(受益者が複数いる場合)には、受益者間の関係を規律するために受益者間契約(Unit-Holders Agreementなどと呼ばれます)が締結されることもあります。基本的には、受託者が信託の運営について広範な裁量権限を持ち、一定の重要事項の決定には受益者(Unitholder)の承認が必要という建付けになっていることが多いといえます。

(9)会計・税務

信託の事業に関する損益の計算を行い、その損益の結果(net income)は受益者に帰属します。受益者は他の事業の利益と合算して自己に適用される税率に基づいて所得税を支払うことになります(信託レベルでは所得税は課されないパススルー構造)。

信託で生じた損失は信託レベルで留まり、受益者の他の事業の利益と相殺させることはできません。但し、一定の条件を満たせば、信託は損失を翌年以降に繰り越し、翌年以降に信託に発生する利益と相殺することができます。

信託財産の受益者への払戻しについては、会社法の減資のような規制はないため、信託契約に基づいて柔軟に行うことが可能です。

信託の基礎知識に関する説明は以上になります。

信託の基礎知識(1)

豪州の法律実務が日本の法律実務と異なる点として、信託が様々な場面で利用されているという点が挙げられます。今回は豪州法上の信託の基礎知識について説明します。

(1)信託の概念

信託とは、豪州法上、「ある者(受託者)」が「ある財産(信託財産)」を「別の者(受益者)」のために保有するという法律関係をいいます。「受託者(trustee)」、「信託財産(trust asset)」及び「受益者(beneficiary)」の3つが本質的な要素となります。

(2)信託の権利関係

信託自体には法人格がなく、信託財産や信託に関する権利義務は受託者に法的に帰属します。受託者は受益者のためにこれらの信託財産を保有し、信託財産に関する権利義務を行使します。受託者は当該財産を受益者のために管理処分し、そこから得られる経済的利益・損失は受益者に帰属します。

契約書等では、信託の受託者としての資格で行為をしていることを明確にするために(「受託社名」 as trustee for 「信託名」)という表記をしなければなりません(例:ABC Pty Ltd as trustee for XZY Unit Trust)。誤って受託者としての資格で行為していることを契約書に記載しなかった場合、受託者が自身の資格で行為していると判断されてしまい、契約相手方が信託財産から債権を回収しようとしても認められず、受託者の固有財産からしか回収できないという事態も生じてしまうので注意が必要です。

受託者の固有財産と信託財産は分別管理されなければなりません。受託者とは別に信託としての財務諸表を作成します。受託者が破産しても、受託者の債権者は受託者が管理する信託財産から債権回収をすることはできません。受託者の固有の債務にかかる債権者は、特に信託財産である旨が公示されていなくても、信託財産に対してかかっていくことはできません。

(3)根拠法

信託の法制度は、コモンロー(判例の集積に基づく法)及び制定法(Trustee Act 1925 (NSW)等)の両方に規律されています。

(4)信託の種類

信託には、その特徴に応じて、Discretionary Trust、Unit Trust、Bare Trust等の種類があります。

Discretionary Trustとは、受託者がどの受益者にどの程度の信託財産の分配をするのかについて裁量を有している信託をいいます(受益者は信託財産のうちのどの程度の割合の分配を受けるのか確定することができない)。Discretionary Trustは、受益者が全て身内である家族信託(Family Trust)などでよく利用されます。

Unit Trustは、信託の受益権がUnitに細分化されている信託をいいます。Unitは会社の株式と同じようなものといえます。Discretionary Trustと異なり、受益者はその持分割合に応じて信託財産の分配を受けることができます。ビジネス法の分野で使用されるのは主にUnit Trustです。

Bare Trustとは、受託者が信託財産を保持することだけを目的とする信託です。何らかの理由で形式的に受託者を所有者にしておきたい場合に利用されます。

(5)信託の成立

信託はTrust Deed(信託契約)の締結によって成立します。NSW州やVIC州では数百ドルの印紙税を支払って信託契約を税務当局に届出する必要あります(他方で、QLD州では印紙税や届出は不要です)。

信託の設立当初は、少額(100豪ドル程度)の信託財産を拠出して設立することが一般的です。信託は、会社のようにASIC(日本の法務局に相当)に登記される必要はないため、信託に関する登記制度はありません。信託の存在を確認するためには、信託の設立根拠書類である信託契約書を受領して確認することが必要になります。なお、信託が事業を行っている場合には、信託は税務当局からAustralian Business Number(ABN - 事業を特定するために割り振られる番号)を受けることができ、このABNによって信託を特定することができます。ABNが割り振られた信託の場合、Australian Business Registerのウェブサイトにおいて、ABNや信託の名前で検索することにより税務当局に登録されている信託に関する情報を確認することができます。

以前の記事に記載したとおり、ABNを割り振られている信託の信託財産に対して動産担保を設定して登記する場合、ABNに対して動産担保の登記を行う必要があります。

長くなったので次回「信託の基礎知識(2)」に続きます。

2015年7月12日 (日)

ジョイント・ベンチャーの形態(2)-税務上の観点からの考察

前回は法務的観点からJVの形態について考察しましたが、今回は税務上の観点からの考察をします。

税務上ポイントとなるのは、主に、(1)JVのビジネスの損失を他のビジネスの利益と通算させて相殺することができるかどうかという点、及び(2)JVのビジネスの利益を配当等によって出資者に還元する場合に柔軟に行うことができるか、また、二重課税を課されることはないか、という点であるといえます。

 

 

 
 

Incorporated JV

 
 

Unincorporated JV

 
 

信託(Unit Trust

 
 

概要

 
 

JVビジネスに関する損益の計算を行い、JV会社が当該損益の計算に基づいて税金(所得税)を支払うことになります。JV当事者とJV会社は別Entityであり、それぞれ個別に損益の計算を行い、税金を支払うことになります。

 
 

JVビジネスに関する損益の計算を行い、その損益の結果はJV持分割合に基づいてJV当事者に帰属します。JV当事者は自己に帰属するJVビジネスの利益について税金(所得税)を支払います。

 
 

JVビジネスに関する損益の計算を行い、その損益の結果を信託(Unit Trust)に対する受益権の持分(Unit)割合に基づいてJV当事者に帰属します。JV当事者は自己に帰属するJVビジネスの利益について税金(所得税)を支払います。

 
 

JVビジネスの損失をJV以外のビジネスの利益と相殺できるか

 
 

JV会社で生じた損失(JVビジネスの損失)をJV当事者の他のビジネスの利益と相殺させてJV当事者の利益を減少させて納税額を減らすことはできません。

但し、一定の条件を満たせば、JV会社はJVビジネスの損失を翌年以降に繰り越し、翌年以降にJV会社に発生する利益と相殺することができます。

 
 

JV当事者はJVビジネスの損益を他のビジネスの損益と通算して損益計算を行うことができます。

また、一定の条件を満たせば損失を翌年以降に繰り越すこともできます。

 
 

信託で生じた損失(JVビジネスの損失)は信託レベルで留まり、JV当事者の他のビジネスの利益と相殺させることはできません。

但し、一定の条件を満たせば、信託はJVビジネスの損失を翌年以降に繰り越し、翌年以降に信託に発生する利益と相殺することができます。

 
 

JVビジネスの利益還元に関する要件及び税金

 
 

JV会社の利益や財産をJV当事者に還元するためには会社法上の利益配当の要件(債務超過でないこと、十分な会計上の利益があること等)を満たす必要があります。

JV当事者はJV会社からの配当に所得税を課されます。ただし、JV会社のレベルで支払った配当利益にかかる所得税は、JV当事者が支払う所得税から差し引くことができます(Franking   Creditといいます)。

 
 

JVビジネスの利益はすでにJV当事者に帰属しており、還元をする必要はありません。

 
 

信託財産をJV当事者に還元することは信託契約の規定に従って行われますが、会社法の利益配当の要件のようなものはなく、十分な会計上の利益がない場合でもJV当事者に対する還元を行うこともできます。会社の減資に相当する信託財産の払い戻しも会社法上の減資の要件の適用を受けず、信託契約に従って行うことができます。

信託レベルでは所得税は課されませんが、JV当事者は信託からの配当に所得税を課されます。

 

上記のとおり、税務上の観点から見るとUnincorporated JVが優れており、特にJV当事者がJVビジネスの損益を他のビジネスの損益と通算して損益計算を行うことができるという点のメリットは非常に大きいといえます。

Unincorporated JVのデメリットは、前回説明したとおり、JVに関する債務についてJV当事者が無限責任を負うという点ですが、このデメリットについてはJV当事者自体を特別目的会社(Special Purpose Company)にすることによって対応することができます。

豪州の資源関係分野でよく見られるのは、豪州の統括会社の下に、プロジェクト毎に会社(SPC)を設立し、当該SPCJV相手とUnincorporated JVを組成するというものです。豪州の統括会社の下にプロジェクトの数だけSPCがぶら下がることになりますが、これらの統括会社とSPCをまとめて連結納税の対象とすることで各SPC(各プロジェクト)の損益を通算させることができます。

以上、前回と今回で法務及び税務上の観点からジョイント・ベンチャーの形態を考察してきましたが、細かい問題は他にも数多くあり、各形態のメリット・デメリットを総合的に考慮した上で、ジョイント・ベンチャーの形態を決定する必要があります。

2015年6月 9日 (火)

ジョイント・ベンチャーの形態(1)-法務的観点からの考察

日本企業がオーストラリアに投資する場合、オーストラリア又はその他の国の企業と共同出資(ジョイント・ベンチャー)によってビジネスを行うことがあります。特に大規模な資源・インフラ・不動産開発プロジェクト等でジョイント・ベンチャーは多く見られます。

 

ジョイント・ベンチャーの形態には、大きく分けて、Incorporated Joint-VentureUnincorporated Joint-Venture及び信託(Unit Trust)の3種類があります。これらの3種類のジョイント・ベンチャーの形態について、以下の表のとおり、法務的観点からの考察をまとめてみました(この他にもパートナーシップといった形態もありますが、あまり実務では使用されていないのでここでは割愛します)。 

 

 

 

 
 

Incorporated JV

 
 

Unincorporated JV

 
 

信託(Unit Trust

 
 

概要

 
 

「会社」をJVEntityとして使用し、JV当事者は当該会社に対して出資をすることによってJV関係を構築します。

 

 

 
 

JVEntityを作らず、JV当事者の間でJVの権利・義務関係を規律するJV契約を締結し、当該契約に従ってJV当事者がJVビジネスを行うものです。これは簡単に言うと、JV当事者間で共同でビジネスを行うJV契約を締結しただけのJVになります。

 

 

 
 

JV当事者間で出資をして信託の受託者となる会社を設立します(この会社はCorporate Trusteeといわれます)。この会社は最小限の資本金(各JV当事者が1ドルずつ出資する等)によって設立されるのが通常です。JV当事者はこの会社を受託者として財産(金銭等)を出資し、これを信託財産とします。受託者はこの信託財産を使ってJVビジネスを行います。受益者であるJV当事者は受託者に対する指示を出して、JVビジネスをコントロールすることになります。

 
 

法人格

 
 

JVは会社ですので、法人格を有し、JVの権利・義務はJV会社に帰属することになります。

 
 

JVに法人格はなく、JVの権利・義務は全てJV当事者に直接に帰属することになります。

 
 

信託(Unit Trust)には法人格はありませんが、受託者は会社ですので法人格はあります。外部との権利・義務関係は全て受託者に帰属することになります。

 
 

責任の限定

 
 

JVの債務についてはJV会社が責任を負い、株主有限責任の原則により、JV当事者(JV会社の株主)はJV会社の債務について責任を負いません。

 
 

JV当事者はJVに関する債務について無制限に責任を負い、JV事業に関する債務の債権者から直接に請求を受けることになります。

 
 

JVに関する債務については受託者が責任を負い、外部からの請求に対しては受託者が矢面に立つことになります。信託契約を適切に作成することによって、JV当事者(受益者)は信託財産の限度で責任を負うようにすることができます(これはIncorporated JVで株主がJV会社に対する出資の限度で責任を負う株主有限責任と同じです)。

 
 

JVの持分割合

 
 

JV当事者のJVに対する持分割合は、JV当事者が保有するJV会社の株式数によって表されます。

 
 

JV契約の中でJV当事者の持分割合を定め、その持分割合に応じてJV当事者はJVの資産及び権利・義務を有することになります。

JVの資産は持分割合に応じたJV当事者間での共有となり、JVの負債はJV当事者が持分割合に応じて負担します。

 
 

JV当事者のJVに対する持分割合は、信託(Unit Trustと呼ばれます)に対する受益権の持分(Unit)の割合によって表されます。

 
 

JVのガバナンス

 
 

JVのガバナンスは、会社法、定款及び株主間契約によって規律され、株主総会・取締役会といったガバナンスの組織及び権利・義務関係は明確に規定されることになります(例えば、会社法において、会社の一定の事項について株主総会決議事項であると定めていたり、株主には会社に対する一定の情報請求権が認められていたりするため、下記のUnincorporated JVほどには株主間契約に詳細にガバナンスの組織及び権利・義務関係について規律する必要性は低いともいえます)。

 
 

JVのガバナンスの組織及び権利・義務関係は全てJV契約の内容は詳細に定める必要があります(例えば、JVの意思決定をする運営委員会をどのように構成するか、JVのどういった事項をJV当事者(運営委員会)の全会一致決議事項とするのか等について、JV契約で詳細に定めなければなりません)。

 
 

JVのガバナンスは、信託法、受託者の定款、信託契約及び受益者間契約(Unit-Holders Agreement)等によって規律されることになります。受託者のガバナンスと信託のガバナンスの2つに分かれることになりますが、信託のガバナンスについてはUnincorporated JVの場合のように特に詳細に信託契約及び受益者間契約で定める必要があります。

 
 

譲渡可能性

 
 

JV持分の譲渡はJV会社の株式譲渡によって行われます。通常は、株主間契約においてJV会社の株式譲渡については、他のJV当事者の同意が必要とされていたり、他のJV当事者に先買権が与えられていたりします。

 
 

JV持分を譲渡する場合、JV当事者の資産及び契約関係(契約上の地位)を譲渡することになるため、資産譲渡と同じく煩雑であり、(JV契約に別段の定めが無い限り)他のJV当事者の同意が必要になります。

 
 

JV持分の譲渡は、受託者の株式譲渡及び信託持分(Unit)の譲渡によって行われます。通常は、受託者の定款及び/又は受益者間契約等において、これらの譲渡について他のJV当事者の同意が必要とされていたり、他のJV当事者に先買権が与えられていたりします。

 
 

配当方法

 
 

JV事業の利益はJV会社の株主(JV当事者)に対する配当という形で行われます。配当を行うためには、会社に配当可能利益があること、株主総会決議を得ていること等の会社法上の要件を満たす必要があります。

 
 

JV事業に関する損益は各JV当事者に直接に帰属することになるため、JVからJV当事者に対する配当はそもそも行われません。

 
 

JV事業の利益は信託の受益者に対する利益分配といった形で行われます。利益分配は信託契約等に従って行われる必要がありますが、会社と異なり会社法上の要件は適用されないため、配当可能利益がない場合でも利益分配を行うことができます。

 

 

以上、色々と書きましたが、法務の観点から一番重要なのはJVの債務に関する責任が有限であるか否かであるといえます。Unincorporated JVですと無限責任を負うことになるため、この点はUnincorporated JVの大きな欠点となります。ただ、Unincorporated JVには、この無限責任を負うという欠点を上回る税務上の大きなメリットがあるため、Unincorporated JVはオーストラリアのJVで広く用いられています。

 

次回は税務上の観点からJVの形態を考察します。