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番外:オーストラリア留学(法律)

2020年11月21日 (土)

オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その4)

オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その1)(その2)及び(その3)の続編の記事です。20091月に開始したJuris Doctor過程の2年目の夏休みにオーストラリアのBig 6の一つであるAllens Arthur Robinson(現Allens)のメルボルン・オフィスでのインターンの記録を以下に公開します。この記録は当時所属していた日本の法律事務所への留学報告書として作成したものです。以下に記載されている情報は2011年4月時点のものであることにご留意ください。本記事の最後の方で日本の法律事務所が国際的な法律事務所として発展していくためには海外に弁護士を長期で派遣して、外国人弁護士をパートナーとして受け入れていく必要があるといったことが書いてあり、そんなことは日本の大手事務所はどこもやっていると思うかもしれませんが、2011年4月時点では、日本の法律事務所は中国以外には支店を出しておらず、外国人の弁護士のパートナーもいなかったのです。

IVAllens Arthur Robinsonメルボルン・オフィスでのインターン経験

2011117日から214日まで約1か月間、Allens Arthur Robinsonメルボルン・オフィスにおいて、Vacation Clerkshipをさせていただきました。これはオーストラリア留学(Juris Doctor過程)の記録(その2)II.(1)で書いたSeasonal ClerkshipAllensでの呼び名で、法律事務所の採用活動の一環として行われるインターンになります。このインターンで良いパフォーマンスを見せると、TraineeAllensではGraduateと呼ばれる)として採用されます。Allensは、Vacation Clerk100人程度選び、その中から30人程度を最終的にGraduateとして採用するそうです。私は一般の学生としての立場で応募したのですが、Allensで働いている●●先生を通じて、●●先生にコンタクトしていただき、●●先生の方から人事に話をしていただいたため、採用されることができました。英語が母国語ではない、成績も大して良くない、オーストラリア国籍・永住権もない、といった私の状況では、コネがなければまず採用されません。

インターンは、11月~12月、12月及び67月の3回に分けて実施されます。私はこのうちの12月のインターンを行いました。インターンは、全部で29人であり、その内21人がUniversity of Melbourne出身(JD5名、LLB16名)でした。LLB1学年3400人、JD100人程度であることを考えると妥当なJD/LLBの割合だと思います。同じメルボルンにあるMonash Universityからは4名、Deakin UniversityLa Trobe Universityからの出身者は1名ずつしかおらず、RMIT University0名でした。通常はMonash出身者がもっと多いようなのですが、この回のインターンでは少ないとのことでした。University of Melbourne出身かMonash University出身でない場合には、学年トップクラスの成績を取らなければ、大手事務所のインターンに採用されるのは難しいということのようです。また、29名中20名が女性であり、女性がマジョリティーでした。他の回のインターンではもう少し男性が多いようですが、成績を重視する大手事務所では、女性の方がロースクールで良い成績をとるため、女性が多くなる傾向にあるそうです。なお、私以外は全員オーストラリア国籍です。アジア系(主に中国系)が私を含めて9名いたので、人種的な違和感はありませんでした。実際にAllensの若い弁護士にはアジア系の方が非常に多かったです(23割はいたという印象です。)。

最初の3日間は全体研修であり、その後も毎日12時間は必ず何かしらの全体研修が行われました。インターンは、各Practice Groupに分散してインターンをするため、毎日インターン同士が顔を合わせて親しくなる機会を作るために、毎日のスケジュールに全体研修を組み込んでいるようです。

Allensでは朝830分から勤務開始だそうですが、あまり出勤時間には厳しくないようであり、9時頃に来所している方も多くいました。多くの弁護士は、午後6時頃には退所します。この点は、シンガポールのノートン・ローズでも同じでした。日本のように午後6時に弁護士がほとんど残っているという状況はオーストラリアでは考えられません。なお、香港で勤務したことがある弁護士によると、香港の法律事務所(イギリス系)は非常に忙しく毎日深夜まで働いているとのことでした。Allensでは、午後730分まで働くと、事務所から無料でディナー(事務所にいるシェフが作る)が支給されるそうです。Allensには所内に食堂はありませんが、キッチンがあり、お抱えのシェフがいて、所内でクライアントと会議後ランチをとったりする際に活躍します。

Allensのメルボルン・オフィスは弁護士数が300人程度います。秘書は弁護士45人に1名があてられており、秘書は日本の法律事務所よりも多くの弁護士を担当しています。但し、タイピングやコピーの専門部署が別にあり、これらは秘書の仕事を軽減しています。また、Allensでは、弁護士のキャリアパスはGraduate(入所してから1年後の資格取得まで)⇒Lawyer⇒Senior Associate(Lawyerになってから最低4年勤務が必要)⇒Partnerとなっています。Senior Associateというのは弁護士として4年勤務すれば自動的になれるものではなく、パートナーの推薦を受けた上で、所内の委員会での承認を得なければなりません。案件を一人でそれなりにこなせるようにならなければSenior Associateにはなれないそうです。Senior Associateになると、新聞が無料で購読できる、Blackberryが支給されて費用は事務所負担となる、月1回のSenior AssociatePartnerとの定例会議に参加できる等の特典があります。

Allensはもともとメルボルン本拠の事務所とシドニー本拠の事務所がくっついてできた事務所なので、どちらが本部なのかははっきりしていないとのことです。Managing PartnerMichael Rose氏は両都市を毎週行ったり来たりしているそうです。なので、メルボルン・オフィスの弁護士にシドニーが本部かと尋ねると気を悪くされます。

Allensでは、Practice Group毎に月1回定例のMeetingを開催して、Group内のコミュニケーションを図っています。Meetingではランチをとりながら、34人の弁護士がプレゼンテーション(10分×3, 4)をします。内容は、Group内で知っておくべき案件の説明、海外勤務経験の報告、新しい制度導入の提案・説明(私が参加した回で提案・説明されていたのは、各弁護士が担当した案件を記録するデータベースを作り、弁護士が案件で行った作業内容も記入して、どの弁護士が過去にどういう作業を経験したことがあるのか他の弁護士が参照できるようにする制度でした)等です。プレゼンの後にはクイズ(法律に関係ない普通のクイズ)の出題がされて、弁護士間で点数を競っていました。

IT関係でいうと、Allensではすべての文書データについて文書番号が付けられており、一元的に管理されています。誰がいつ作成したか、どの案件のために作成されたか、誰がどのような変更を加えたか、誰がいつ閲覧したか等の情報が全て誰からでも把握できるようになっており、管理には便利なのかも知れませんが、いちいち文書データを作るたびに案件コードとDescriptionを記入しなければならないので面倒です。

私は、Finance & Banking Groupに配属され、●●先生と同じ部屋に机を置かせてもらっていました。主に●●先生の仕事を見させていただいたのですが、日本企業がクライアントの案件が多く、案件内容は、エネルギー開発の大きなプロジェクト案件から小さなゼネラルコーポレート案件まで色々ありました。●●先生はFinanceの専門家なので、Finance以外の案件になる時は、Allensの内部のその分野の専門の弁護士に依頼して対応しています。オーストラリアで日本企業はかなり大きな案件に関与しており(日本はオーストラリアに対する最大の投資国の一つです)、優良なクライアントであるにもかかわらず、あまりケアがなされていないようであり(オーストラリアや欧米の優良企業のところには訪問に行ったり、食事に誘ったりする等の営業を積極的に行うのに、日本企業のところに行くパートナーはほとんどいない等)、力を入れてクライアント開発を行えば、まだまだ相当の案件が得られそうです。日本企業は、欧米の企業と違って、日本人が主体であり、企業文化も独特であり、英語もあまり上手ではなく、人種も違うので、普通のオーストラリアのパートナー弁護士(パートナーになるくらいの年齢で欧米重視の傾向がある白人の弁護士)からすれば、日本企業にやや距離を置きがちなのはわかるような気がします。外国のクライアント(特にアジア系の日本や中国のクライアント)に対するケアという点では、まだまだ改善の余地があると思われます。

Allensのアジアオフィスで成功しているのは、ベトナムとインドネシアです。ベトナムが成功している理由は、ベトナムにいる2人のパートナーが15年程滞在しており完全に現地化しているからだそうです。現地の法律・実務の知識、政府・顧客とのネットワーク、現地の文化の理解等は、長く滞在しないと得られないものです。インドネシアはもともと競争相手があまりおらず、また現地の有力な弁護士と提携しているので上手くいっているようです。アジア地域では、英米系国際事務所のブランドが非常に強く、オーストラリアの事務所は、英米系よりも価格を安く設定しているにもかかわらず、苦戦をしています。一方で、多くのオーストラリアの弁護士は、英米系国際事務所のアジア・オフィスで活躍しています。オーストラリアの法曹は、弁護士個人としてみるとアジアで活躍していますが、オーストラリアの事務所としてみるとアジアでは苦戦しています。アジア・オフィスやアジアのクライアントに出向した弁護士がそのまま(給与等の待遇の良い)英米系国際事務所に転職してしまう事例も多くあるようです。英米系国際法律事務所が進んでいると感じるのは、現地の弁護士を大量に雇用し、現地の弁護士をパートナーに昇格させているところです(多少の差別はあるようですが)。他方、Allensではまだ日本人・中国人弁護士等の英語がNon-Nativeの弁護士でパートナーになった弁護士はいないと聞いています(提携先事務所(ジャカルタ等)のパートナーは除く)。複数の管轄にまたがる国際案件を処理するのであれば、英語がネイティブの弁護士及び当該管轄の法律を知っている現地の弁護士との協働が欠かせません。これらの弁護士を採用し、日本人と同等の扱いをし、パートナーとして認めていくようにしなければ、良い人材は集まらず、複数の管轄にまたがる国際案件を扱える国際法律事務所になることはできないと思います。オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その3)で書いたノートン・ローズのシンガポール・オフィスのシンガポール人弁護士は、ノートン・ローズに帰属意識を持っており、ロンドンへの出向の機会があったり、ロンドンから派遣されてくる弁護士が事務所に大勢いる等、文化的にもイギリス流に親和しています。また、アジア・オフィス間の交流もあります(例えば、私のインターン期間中にも、アジアでの仲裁業務をどう伸ばしていくかについて検討するという名目で、シンガポールの仲裁グループの弁護士(ほぼ全員、といっても56名)が香港に行って会合をしていました。)。日本の法律事務所も少なくともアジアでは同じことができるはずだと思います。

●●先生のもとで最初は日本企業案件に限らず、普通のオーストラリア弁護士と同じ案件に入って経験を積み、徐々に日本企業の案件が増えてきて、今はほぼ100%日本企業案件になっています。日本人弁護士が外国の法律事務所で日本企業案件を扱うためには、日本企業案件に理解のある有力パートナーと組んで二人三脚でやっていく必要があります。オーストラリア人パートナーは英語力やオーストラリア法の実務知識を提供し、所内で他のパートナーに日本企業案件の重要性を説いて協力を求め、日本人弁護士は日本企業への営業(商工会議所等日本人でなければ入っていきにくいコミュニティーもある等)や日本企業のケア(オーストラリア人弁護士と日本企業の担当者との間のコミュニケーションのブリッジ役、日本語での電話相談対応等)を行うといった相互補完の関係です。日本人弁護士は英語力で劣り、文化的にも異分子であるため(アジア系が多いため人種的に異分子という感覚はない)、日本人であることの長所(日本語、日本文化の理解、そして日本企業の担当者が感じる日本人弁護士に対する親近感・安心感(実際に日本人弁護士の方が日本企業のことを良く世話してくれます。))を理解してくれる有力パートナーがいなければ、日本人弁護士が外国の法律事務所で活躍することは難しいと思われます。これがクリアできれば少なくともオーストラリアでは日本人弁護士の活躍する機会はかなりありそうです。なお、日本人弁護士は現地の法律実務に精通し、ある程度の現地の法律問題は自らアドバイスできるレベルでなければあまり意味がありません。日本人弁護士がオーストラリアで活躍するためにはオーストラリアの法律実務に精通する必要があり、オーストラリアの事務所に出向でやってきて1年間滞在するくらいではオーストラリアの事務所で活躍することは不可能だと思います。

Allensのメルボルン・オフィスの弁護士の仕事の圧倒的大部分は国内案件であり、アジアの案件に関与しているのは基本的にアジア・オフィスにいる弁護士です。Allensの国内案件では、Blake Dawsonのように日本企業案件が特に多いわけではありません。インターン向けに行われたAllensの事務所やプラクティスを説明するセミナー(インターン生に対するSales Pitch)に何度か参加する機会がありましたが、イギリスの名門事務所Slaughter MayBest Friendsであることが常に言及され、Slaughter Mayのロンドン・オフィスに6ヶ月間出向する機会があることが喧伝されていました。●●先生が所属しているBanking & Financeグループのパートナーのほとんど全員が過去にロンドンで勤務した経験があるということですから、弁護士の間にロンドンを重視(崇拝?)する傾向があるのだと思います。但し、若手の弁護士は最近のアジアの発展もあってアジアへの関心が高く、アジア系のバックグラウンドを持つ弁護士も多いので、彼らの年次が上がるにつれて、これからはアジアがより重視されていくようになるのではないかと思います。

2020年5月10日 (日)

オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その3)

Juris Doctor課程の1年目が終了した後の2年目が始まるまでの休暇期間に国際法律事務所でインターンをした時の記録です。

III.Norton Roseシンガポール支店でのインターン経験

2010年1月4日から22日までの3週間、Norton Roseというイギリス系の国際法律事務所のシンガポール支店において、インターン(Winter Placement Student)として研修しました。このインターンは、就職課のWebsiteに載っていた情報を見て、2009年10月頃に応募して11月に採用通知を受けました。面接はなく、CV・カバーレター・成績証明書を送付しただけです。インターン採用されたのは数名のみであったそうです。

Norton Roseはイギリスの法律事務所で、今年1月にオーストラリアのDeaconsと合併しました。所属弁護士は約1800人で、世界中に30支店を開いています。Norton Roseはこれからアジア地域でのプラクティスに力を入れていくということで、オーストラリアの弁護士をアジアの支店に多数リクルートしたり、2009年に東京に支店を設置したり、中国の支店で中国人弁護士の採用を拡大する等の行動を起こしています。現在でも1800人の弁護士のうちアジア・パシフィック地域には700人の弁護士がいます。

シンガポール支店には約60名弁護士がいて、その半分の30人くらいはシンガポール弁護士、15人くらいがイギリス弁護士、7人がオーストラリア弁護士であったと思います。他にもインド弁護士、香港弁護士等がいました。シンガポールを中心とする東南アジア各国のプラクティスをやっていましたが、インドに近いことから、インド・プラクティスもやっていました。確かシンガポール支店だけで、インドの法曹資格がある弁護士が5人いると言っていたかと思います。といってもインド人がイギリスで教育を受けて、イギリスの法曹資格を取得すればインドの法曹資格も簡単に取得できるそうなので、インドでプラクティスはしたことがないけれどインドの資格だけは持っているというインド人弁護士もいました。インド・プラクティスのHeadの弁護士(インド人、この方はインドでのプラクティス経験あり)が以前メルボルンで勤務していたこともあり、興味を持ってもらいインド・プラクティスに関するアサインメントをもらったりしました。中国プラクティスは香港支店の方でやっているようで、中国人弁護士はいませんでした。

シンガポール支店は、イギリス法の他にも香港法やシンガポール法をアドバイスする資格も有しているそうです。2009年にシンガポールで司法制度改革があり、6つの外国法律事務所に初めてシンガポール法でプラクティスする資格を与えたそうですが、そのうちの1つがNorton Roseであるそうです。

インターンは私の他にもう1名いて、彼女はシドニー大学LLBで勉強しているシンガポール人でした。シンガポール国立大学のLLBに行けなかったからシドニー大学のLLBに来たと言っていました。インターンの仕事内容は、シンガポール法、イギリス法、オーストラリア法、日本法、インド法等についてリサーチして、その結果を報告するといったことをやっていました。制定法のリサーチは各国政府のHPにある法令検索システムを使用し、判例法のリサーチはWest Lawを使用しました。West Lawはメルボルン・ロースクールでよく使っていたので特に困難はありませんでした。なお、メルボルン・ロースクールではLexisNexisとWest Lawの両方が使えるように指導を受けます。

アサインを受けるにも、リサーチ結果を報告するにも英語で話さなければならず、英語が聞き取れずに聞きなおしたり、私の話す英語がつっかえたりすると、非常に相手にFrustrationを与えていると感じました。自分の英語力のなさに情けなくなりましたが、このレベルがクリアできれば英語でもプラクティスできると思うと、頑張らなくてはと励みになりました。

私はDispute Resolutionのグループに所属していました。Dispute Resolutionのグループでは、主にシンガポールでの仲裁案件を扱っていました。私が見せてもらった案件は、シンガポールで行った仲裁判決のインドでの執行、アメリカの会社対インドネシアの会社のシンガポールでの仲裁案件等国際的なものが多かったです。

後輩弁護士やインターンと話すのが好きなオフ・カウンセルのシンガポール弁護士がいて、もう1人のインターンと一緒に毎日その弁護士と雑談をしていました。その方は煙草を吸うので、雑談は1階の煙草を吸うスペースまで連れて行かれてやっていました(事務所は31階にあるのでわざわざその都度1階まで降りていました)。雑談の内容は、なぜJALは破綻したのかとか、マレーシア人とシンガポール人の違いとか、法律と全く関係ない内容でしたが、おかげでインターン期間中楽しく過ごすことができました。

ロンドンから派遣されてきている3人のTraineeに何度かランチに連れて行ってもらったりしました。2人はイギリス人で1人はインド人ですが、皆イギリスの大学を出ています。彼らはもうすぐ2年間のTraineeshipが終わり、イギリス弁護士資格が取得できるそうで、2人はシンガポールの後はロンドン本店に戻り、1人はアムステルダム支店に行くことになると言っていました。支店間の人事移動は多くあるそうです。実際にインターンとして初日に事務所に来所した際に、ロンドンから同日付で赴任してきた2名のイギリス人弁護士がいて、彼らと一緒に事務所内でのあいさつ回りに行きました。異なる法域(Jurisdiction)でプラクティスするとまた1から現地の実務を理解しなければならないから大変ではないかと聞いてみましたが、企業法務に必要な法律実務の能力はTransferrableなので、どこの支店にいってもプラクティスはできるから大丈夫と言っていました。BankingやCorporateでも基本はどこでも同じで、細部が各Jurisdictionで異なっている、基本ができていれば、どこでもプラクティスできるということでした。

研修期間中に、シンガポール最高裁判所と複合仲裁施設Maxwell Chambersに見学に行きました。シンガポール政府はシンガポールを国際仲裁地として育てようと考えており、その一環として2009年に複合仲裁施設のMaxwell Chambersを建設しました。また、シンガポール法を国際取引で使用してもらうために、外国法律事務所にもシンガポール法でプラクティスする資格を与えたり、外国の大学で学んだ学生に対してシンガポール法の法曹資格を取得しやすくする制度改革(成績要件を上位30%から70%へ緩和する等)を2009年に行っています。シンガポールは、国を挙げて、Legal Industryを成長させて、アジアの国際取引においてシンガポールの法律事務所を使用してもらおうという戦略をとっています(ライバルは香港です)。

シンガポールには合計4週間滞在しましたが、前半の2週間はホテルに滞在し、後半の2週間はメルボルンJDのシンガポール人のクラスメートの家に泊まらせてもらっていました。クラスメートの家からは職場までバス20分・電車20分の通勤生活でしたが、バス・電車は混雑しておらず、頻繁に便があるので、非常に快適に通勤できました。日本のような通勤ラッシュにはなりません。他にも色々そうなのですが、シンガポールは全てが非常に効率的で、上手く管理されている社会です(車の値段を高くしたり、通勤時に中心地へ車で入る際には料金を徴収する等の方策で道路の渋滞を防いでいる等)。

シンガポールは英語が公用語ですが、人口の70%である華人は中国語を話します。中国語は広東語、福建語等の方言がありますが、シンガポール政府は学校で教える中国語は北京語(Mandarin)に統一しているため、シンガポール人の華人は北京語を話します。

シンガポールでは外国人を積極的に受け入れており、人口500万のうち100万人が外国人だそうです。単純労働の労働者も受け入れており、工事現場やメイドとして働いています。その関係で、シンガポールの家庭の多く(半分まではいかないかもしれないがかなりの家庭)では、外国人のメイドを住み込みで雇っています。クラスメートの家にもインドネシア人のメイドの方がいました。15年くらいずっと住み込みで働いているので、家族の一員のようになっています。クラスメートの家族はメイドとマレー語で会話をしています。マレー語とインドネシア語は、ほとんど同じらしく、マレー語ができればインドネシア人と意思疎通ができるとのことです。工事現場でも働いている多くの人は外国人であるそうです。シンガポールでは多くの人がHDBという政府が建設したマンションに住んでいるのですが、このHDBにもメイド用の部屋がついているものがあるそうです。シンガポールでは、薬物関係の犯罪でも死刑が課されることがあり、薬物関係の死刑の被告人の多くは外国人であるそうです。また、多民族社会(中華系、マレー系、インド系等)であるシンガポールでは、民族間の融和を図るために、同じ民族同士で固まって住んではいけないという規制があります。HDBでも民族の人口比率に応じて入居できる民族の割合が決まっています。

シンガポールでは、英語を公教育に取り入れたのが、2、30年くらい前からで、それ以前は中国語で教育を行う中華系学校、英語で教育を行う英語系学校等に分かれていたそうです。クラスメートの母親の兄弟姉妹間でも中華系学校に行った方は英語があまり話せませんが、英語系学校に行った母親は英語がネイティブに話せます。母親は英語系学校に行ったおかげで、良い仕事につくことができたので運が良かったと話していました。今は公教育が英語に統一されたので、今の若者は英語が第一言語ですが、年配の方の中には英語教育を受けておらず、英語が不自由な方(中国語は話せます。)もいます。

シンガポールでは市民権又は永住権を持つ男子は2年間の徴兵訓練が義務付けられています。また、その後も継続的に軍隊で訓練を受けなければなりません。Norton Roseのある男性弁護士も休暇をとって軍隊に訓練にいっていました。軍事力がないと外交交渉を有利に進められないためであり、徴兵制を通じて軍事力を身近に感じているシンガポール人がそういったリアリスティックな認識を持っている点も日本と違うと感じました。隣国のマレーシアでは中華系住民を差別する政策をとったり、急進的にイスラム教を推し進めたり、シンガポールへの水の供給を止めると脅す等の行動をとっているため、シンガポール人のマレーシアに対する感情はかなり悪いです。

4年前の2006年にもシンガポールに1週間滞在したのですが、その頃と比べてもかなりの変化を感じました。中心地に大きなカジノができましたし、世界初の夜間F1も開催され、セントーサでも新しいリゾート施設がオープンしました。空港も大きくなって、娯楽・リラックスするための施設が増設されていました。シンガポールはかなり勢いがあり、きちんと将来のことを考えて、手を打ってきているという感じです。国が小さく小回りが利くからだと思いますが、日本と対比していろいろと考えさせられることが多かったです。

オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その2)

イギリス、アメリカ、オーストラリア、シンガポール、香港などの旧イギリス植民地の国(コモンロー圏)の法律はイギリスの法律をルーツとしており、コモンロー圏の国の法曹資格を取得すれば、他のコモンロー圏の国の法曹資格を取得しやすくなっています。以下では、オーストラリアの法曹資格はどのようにすれば取得できるのか、オーストラリアの法曹資格を得た後で、どのようにすればイギリスなどの他のコモンロー圏の国の法曹資格を取得できるかについて、2011年4月当時に調査した結果を記載しています。

II.オーストラリア及びその他のコモン・ロー圏の国の法曹資格取得方法

(1)オーストラリアの法曹資格取得方法

JD又はLLBの取得後に、(i)Traineeshipと呼ばれる1年間の法律事務所での研修を受けるか、又は(ii)Practical Legal Training(PLT)と呼ばれる半年間の研修機関での研修を受けることによって、ビクトリア州(シドニーのあるニューサウスウェールズ州も大体同じ)での法曹資格を取得することができます。

Traineeは通常そのままAssociateとして同じ法律事務所で採用されて勤務を続けますので、Traineeshipの採用活動が法律事務所の新人弁護士採用活動になります。更にTraineeは法律事務所でインターン(Seasonal Clerkship)を行った学生の中から選ばれるため、法律事務所に採用されるには、まずはこのSeasonal Clerkshipを獲得しなければなりません。Seasonal Clerkshipの採用活動は卒業年の前年の6~7月頃に募集が行われます。採用されれば夏季休暇か冬季休暇中にインターンを行い、そのインターンを行った法律事務所からの評価が良ければ、Traineeshipのオファーがもらえます。Traineeとして採用されるのはなかなか大変で、この採用活動を有利に進めるためにも良い成績が必要になります。Big 6の一つである法律事務所のメルボルン・オフィスでは、2010年のSeasonal Clerkship募集について、ロースクール生700名から応募を受け、120名を面接し、60名をSeasonal Clerkshipとして採用し、さらにこの中から20名を最終的にTraineeとして採用するということでした(倍率35倍)。JD学生については正規の1期生の卒業生が出ていないため不明ですが、これまでのLLBの学生の半分くらいはTraineeshipを獲得できるが、残りの半分くらいは獲得できないか、そもそも法曹以外の進路に進むために応募しないそうです。

法律事務所のTraineeshipを獲得できない場合には、PLTを経ることで法曹資格を取得できます。PLTを実施している研修機関は、ビクトリア州には3つあり(Leo Cussen Institute、College of Law及びANU Legal Workshop)、このいずれかに半年間通えばよいことになります。半年間のコースのうち、大体半分くらいは実際に法律事務所等に派遣されて行われる実務研修に充てられます。

PLTの方が早く法曹資格が取れるのですが、Traineeshipであれば将来の職も確保でき(将来の職場で働いている)、研修中に給料がもらえるのに対し、PLTでは研修機関に学費(例えば、Leo Cussen Instituteは約14,000豪ドル)を支払わなければならないので、普通はTraineeshipが獲得できるのであれば、Traineeshipを選びます。オーストラリアの法律事務所は、永住権を持っていない留学生は基本的にTraineeとして採用しないため、そういった留学生はPLTを受けてオーストラリアの法曹資格を取得することになります。

なお、私は、2011年1月よりANU Legal WorkshopのPLTを開始しました。完全にOn SiteのコースであるLeo Cussen InstituteやCollege of Lawとは異なり、ANU Legal Workshopでは、コースの大部分がオンラインで学習できます(したがって、海外にいても学習できます。)。内容は、Practical Legal ExperienceとElective Subjectsからなります。前者は、1週間の集合研修(クライアントインタビュー、交渉、法廷弁論、証人尋問等の練習)、最低20日間の実務研修及び4ヶ月間のオンラインのヴァーチャル法律事務所での研修からなり、後者は、5つの選択科目(行政法、刑事法、親族・相続法、労働法、消費者法等)のオンラインでの学習からなります。ヴァーチャル法律事務所での研修では、毎週パートナー弁護士からアサインメント(メモランダム、訴状の作成等)が出され、それを4人のグループで作成して提出します。毎週4人のメンバー間でオンラインの会議電話でディスカッションしたり、クライアント役のインストラクター相手に会議電話で模擬インタビューをしたりもします。コースの費用は全部で約12,000豪ドルであり、パートタイムで履修すると約1~2年程度で修了することができます。コース修了後はオーストラリア(ヴィクトリア州)の弁護士資格が取得できることになります。

(2)香港の法曹資格取得方法

1.オーストラリアJD修了

2.PCLL(Postgraduate Certificate in Laws)コース(毎年9月から1年間)の修了

PCLLは、The University of Hong Kong, the City University of Hong Kong又はThe Chinese University of Hong Kongのいずれかの香港の大学で受講ができます。

但し、PCLLコースの受講をするためには、コモン・ロー11科目のConversion Examsに通る必要があります。メルボルンJD卒業生は、通常は7科目(Contract、Tort、Criminal Law、Equity、Civil Procedure、Criminal Procedure、Evidence及びBusiness Associations)について免除が受けられるため、4科目のみ(Hong Kong Land Law、Hong Kong Legal System、Hong Kong Constitutional Law及びCommercial Law)のConversion Examsを受ければよいことになります。この試験はJD修了からPCLL入学年の7月までに合格しておかなければなりません。

また、規則等に明文で書かれた要件ではないのですが、メルボルン・ロースクールの卒業生で成績が平均70点未満の学生は、PCLL受講が大学から許可される可能性はほとんどないそうです。メルボルン・ロースクールでは、毎年4月頃に香港就職説明会が開かれ、上記3つの香港の大学がPCLLコースの宣伝にやってくるのですが、Admission担当者の方は、平均70点なければまず受講は認められません、と明言していました。日本の弁護士資格があっても関係ないそうです。香港の国際法律事務所は新人弁護士の採用要件として成績が平均70点以上であることを掲げていますが、それはこのPCLLの受講要件と関わってくるからだそうです。オーストラリア屈指の大学であるメルボルン大学のJDで成績平均70点以上というのはノン・ネイティブの日本人留学生にとってはかなり大変です。

3.香港の法律事務所での2年間のTraineeship

PCLL修了後に、2年間香港の法律事務所でTraineeとして勤務すると、香港弁護士の資格が取得できます。なお、香港の法律事務所への就職活動はJD/LLB在学中に行われます。内定をもらった学生は就職先の香港の法律事務所からPCLL受講中の学費+生活費を出してもらい、PCLL修了後にその法律事務所とTraineeshipの契約を結んで勤務することになります。香港の法律事務所はPCLLの費用負担等、新人弁護士に対して相当の先行投資をするので、採用は非常に慎重です。また、オーストラリアと同様、Traineeshipの内定をもらう前に通常はSeasonal Clerkとして採用され、夏季又は冬季休暇中に香港でインターンを行い、そこで評価が良ければTraineeshipの内定をもらえることになります。

なお、香港の法律事務所といっても、オーストラリアの学生を採用しているのは英米の国際法律事務所(Linklaters、Baker&MacKenzie等)の香港支店であり、香港のローカルの法律事務所ではありません。香港就職説明会でもらった資料によると、Linklatersの香港支店は145名、Baker&MacKenzieの香港支店は273名の弁護士が勤務しているということなので、支店ですが規模は小さくありません。

4.香港弁護士の登録

 上記1~3の手続きを経て、香港弁護士してとして登録ができます。

(3)シンガポールの法曹資格取得方法

1.オーストラリアJD修了

2.The Legal Profession (Qualified Persons) Rulesによって認定された大学のLLB(アメリカの大学の場合のみJD)(最低3年間)を修了し、且つ成績が学年で上位70%以内であること。

メルボルン・ロースクールは認定された大学ですが、メルボルン・ロースクールのJDはLLBではないため、上記要件を満たしません。但し、シンガポール法務省に免除を求めて認められれば、この要件は免除されます。また、JDを2年で修了した場合、最低3年間という要件を満たさなくなるのですが、この点も免除を受けることが可能です。

今年1月のシンガポールでの研修中に、Contact Singaporeという政府機関が行っているシンガポールの法律業界の説明会に参加する機会があり、そこでシンガポール法務省のBar Admission担当者と話す機会がありました。彼女によると、「メルボルンJDはメルボルンLLBと基本的にコースのレベル・受講科目が同等なので免除は認められるであろう。またJDを2年で修了しても、3年で修了する場合と同等の授業を受講しているのであれば、免除は認められるであろう。」との回答を受けました。但し、成績要件は厳格であり、上位70%以下であれば、まず免除は認められないとのことでした。2008年以前は、成績要件は上位30%以内でしたが、2009年により多くの海外留学者に法曹資格取得を認めようということで、上位70%まで基準を下げたそうです。なお、シンガポール国立大学といったシンガポール国内のLLB卒業生にはこのような成績要件は課されていません。

3.シンガポールの国籍又は永住権を有すること

シンガポールの国籍又は永住権がなければ4.以下の司法試験を受験することはできません。

4.司法試験(Part A)

司法試験(Part A)は、海外の大学を卒業した者にのみ課されます。海外の大学卒業生は毎年11月に行われるConversion Examinationに合格する必要があります。2009年に初めて実施され、合格率は87%であったそうです(上記シンガポール法務省担当者)。シンガポール国立大学が毎年8月から3か月の試験対策講座を実施しています。

また、司法試験(Part A)の一部として、6ヶ月間のシンガポール法の法律事務所での研修を受ける必要があります。

5.司法試験(Part B)及び実務研修

司法試験(Part B)は、シンガポール国内の大学卒業生・海外の大学卒業生の両方に課されます。法曹教育委員会(The Board of Legal Education)が実施する5ヶ月の研修コースを受講して、最後に行われる試験に合格する必要があります。上記試験合格に加え、法曹教育委員会から要求される食事会への出席、6ヶ月間のシンガポール法の法律事務所での研修(Pupillageと呼ばれ、司法試験(Part A)の研修とは別物で、司法試験(Part A)の研修と合わせると1年間の研修になります。)も必要になります。この研修は学生時代に就職活動を行って内定をもらっている法律事務所で行い、研修後はそのままそこに就職するのが通常です。

なお、コモン・ロー圏の国・地域で、当該国・地域の資格を持って2年以上プラクティスしている場合には、この司法試験Part Bの免除の申請をすることができます。例えば、オーストラリアの法曹資格で2年以上プラクティスしている場合には、司法試験(Part A)、司法試験(Part B)及び実務研修のうち、司法試験(Part A)のみ合格すればよいことになります。

6.シンガポール弁護士の登録

上記1.~5.の手続きを経て、シンガポール弁護士として登録できます。JDを修了して直ちに資格を取得しようとすると資格取得(司法試験A、B及び実務研修)まで約2年かかり、他のコモン・ロー圏で資格を取って2年以上プラクティスしてからであると資格取得まで約1年かかるということになります。

(4)イギリス(イングランド及びウェールズ)の法曹資格取得方法

<初めて取得する資格がイギリスの資格である場合>

1.オーストラリアJDの修了

2.Legal Practice Course (LPC)(@イギリス)の修了(1年間)

3.イギリス法の法律事務所での2年間のTraineeship

4.イギリス法の法曹資格取得

この資格取得方法は、イギリス系の国際法律事務所(Linklaters等)がオーストラリアの学生に対して提案しているものです。彼らはオーストラリアの学生をリクルートし、ロンドン本部で採用して、イギリスの学生が受講するのと同じLPCをイギリスで受講させて(費用・生活費は事務所負担)、事務所でTraineeとして採用して、イギリス法の法曹資格を取得させます。このコースは、香港と並んで相当に狭き門で、かなり優秀な学生でないと選ばれません。

<オーストラリアの資格取得後の場合>

1.オーストラリアJD修了

2.オーストラリアの法曹資格(ビクトリア州、ニューサウスウェールズ州等の法曹資格)の取得(上記(1)参照)

3.Qualified Lawyers Transfer Test(QLT)に合格すること

ビクトリア州又はニューサウスウェールズ州の弁護士の場合、試験科目はProfessional Conduct and Accountのみになります。QLTは年3回実施され、試験会場はイギリス(バーミングハム、ロンドン、グラスゴー)、インド(ニューデリー及びムンバイ)、アメリカ(NY、LA)又はカナダ(トロント)です。

4.2年間のコモン・ローの法曹資格での実務経験

但し、1年以上のイギリス法の実務を含み、且つ実務が3つ以上のプラクティス・エリア(Banking、Civil Litigation、Employment、Family、Intellectual Property等)に及び、紛争及び非紛争件の案件が含まれていなければなりません。普通Traineeとして法律事務所に採用された場合、ローテーションがあるので、3つ以上のプラクティス・エリアの要件は満たされます。イギリス法の実務を行っている法律事務所であれば、イギリス国外にあっても要件は満たします。例えば、イギリス系の国際法律事務所の香港支店、シンガポール支店等はこの要件を満たします。

5.イギリス法の法曹資格取得

<香港又はシンガポールの資格取得後の場合>

1.オーストラリアJDの修了

2.香港又はシンガポールの資格取得(香港・シンガポールの弁護士はQLTの全試験科目が免除される。)(上記(2)又は(3)参照)

3.2年間のコモン・ローの法曹資格での実務経験(上記<オーストラリアの資格取得後の場合>4.と同じ。香港やシンガポールのイギリス系法律事務所に採用されて2年間働いていれば、この要件は簡単に満たせます。)。

4.イギリス法の法曹資格取得

(5)アメリカの法曹資格(NY Bar)取得方法

メルボルン・ロースクールの就職課に問い合わせてみたところ、NY Barは、The Rules of the Court of Appeals for the Admission of Attorneys and Counselors at LawのSection 520.6に定めるStudy of Law in Foreign Countryの資格で受験することできるであろう、とのことでした。この規則によると、外国のロースクールであっても、コモン・ロー圏のロースクールであり、そのプログラムがその国の法曹資格取得の教育要件を満たしており、且つアメリカのABA認定校のものと期間・内容において実質的に同一のものであることがThe New York State Board of Law Examinersに対して証明できれば、NY Barが受験できるとされています。

JDを2年で修了した場合には、期間が実質的に同一という要件を満たさなくなるのではないかと思われますが、ロースクールの就職課によるとメルボルンJDを2年で修了した卒業生でNY Barを取得した方もいるようです。

2020年5月 9日 (土)

オーストラリア留学(Juris Doctor課程)の記録(その1)

私は2009年2月から2011年3月までオーストラリアのメルボルン大学に留学して、Juris Doctor(法務博士 - 専門職)課程で学びました。当時の私の経験を記録していたデータを最近見つけたので、10年も前の記録ではありますが、オーストラリアの大学院への留学(法学)やJD課程を考えている方の参考になるかと思い、その時の記録を公開することにしました。

この記録はJD卒業直後の2011年4月に当時所属していた日本の法律事務所への報告として作成したものです。以下に記載されている情報は2011年4月当時のものであることにご留意ください。

なお、私は帰国子女ではなく、オーストラリアへの留学前の海外生活の経験は、大学1年の夏季休暇中に語学研修でアメリカに3週間滞在した経験があるのみです。

I.オーストラリア(メルボルン)JDその他オーストラリア事情

(1)概要

2009年2月初旬にメルボルン大学のJuris Doctor課程に入学しました。同級生は120人いて、そのうち20人が留学生とのことでした。20人の内訳は、私の覚えている限りでは、アメリカ人3名、カナダ人3名、シンガポール人3名、マレーシア人3名、中国人3名、韓国人1人、日本人1名(後3名は不明)だったかと思います。オーストラリアは移民国家なので、オーストラリア国籍の学生自体も非常に多様で、イギリス系、ドイツ系、インド系、中国系、ギリシャ系、東欧系、南米系等のいろいろなバックグラウンドの学生がいます。年齢は21歳から50歳代までいましたが、半分くらいは学部を卒業して直接入学してきた学生なので、21~22歳が多数派でした。1年生の1学期のクラスでは、40名のクラスメートのうち私(当時29歳)は上から2番目に年長でした。中国人3名のうち2名は中国の法曹資格を持っており、日本の法曹資格を持っている私を含めると、法曹資格を持っている者は3名いました。また、英語圏の大学での学位を持っていない学生は、私と中国人弁護士1名の2名のみでした。

メルボルンJDは正式には2008年から始まりました。2008年以前もJDは存在したのですが、試験的なコースであり、法学教育の中心はLLBでした。メルボルン・ロースクールは、2008年からLLBを廃止し、JDを法学教育の中心とすることに決定しました。アメリカの制度に合わせ、アメリカのロースクールと競って海外からの留学生を引き付けるために、このような決定をしたと言われています。私は2009年度入学なので、正式にJDが始まってからの2期生ということになります。なお、このようなメルボルン・ロースクールの動きを他のオーストラリアのロースクールもまねており、ニューサウスウェールズ大学では2010年から、西オーストラリア大学では2013年から、JDを導入し、LLBを廃止する決定をしています。メルボルンJDの2008年度の学生数は約80名、2009年度の学生数は約120名、2010年度の学生数は約180名、2011年度の学生数は約250名であり、徐々に増えてきており、最終的には300名まで増やす予定であるそうです。

メルボルン大学の国際的な評価は高く、Times 2009年度ランキングでは、世界36位となっています。

(2)カリキュラム

メルボルンJDでは、全部で24科目を勉強します。基本的に各学期4科目を受講し、1科目の授業は、1回2時間×週2回×12週間=合計48時間です。授業は月~木まで毎日2コマあり、1日の授業時間は2時間×2コマで4時間、1週間の授業時間は1日4時間×4日で16時間です。金~日は授業がありません。私が履修した科目は下記のとおりです。黒色が必修科目で、青色が選択科目になります。選択科目は実に多様で100以上の科目から選んで履修することができます。


Time of year


Year 1


Year 2


February
(Intensive)


Legal Method & Reasoning
(Foundation subject)


 


Semester 1

 (March ~ June)

 

 


Principles of Public Law


Administrative Law


Torts


Trusts


Obligations


Criminal Law


Dispute Resolution


Legal Research


July
(Intensive)

 


Evidence & Proof


Legal Ethics


Public International Law


Islamic Law


Semester 2

 (August ~ November)

 

 


Constitutional Law


Corporations Law


Contracts


Remedies


Property


Indigenous People, Land and Law


Legal Theory


Accounting for Commercial Lawyers

 

Employment Law


 December

(Intensive)


Patent Law 


Family Law

(3)授業

1年生の1学期のクラスサイズは30~40名であったのですが、1年生の2学期以降は60~70名となりました。それでもまだ教授が学生の名前と顔を覚えられる、教授と個人的な関係が築けるサイズです。なお、生徒を指名して回答させるソクラテス・メソッドはとられていませんが、学生の方から積極的に質問をするので、授業はインタラクティブなものになっています。

授業は予習していることを前提に進められ、予習のために毎日平均して50ページ程度判例を読むことになります。判例は、オーストラリアのものに限らず、イギリス・アメリカ・カナダ・ニュージーランドの判例も良く読みます。特にイギリスの判例は全体の4分の1くらいはあるのではないかと思います(特にTrustの授業で扱う判例は半分くらいイギリスの判例でした。)。イギリスの判例はオーストラリアがイギリスの植民地であった時代の古いものに限らず、最近のものも扱います。オーストラリア法とイギリス法は今でも非常によく似ていて、イギリスの判例がオーストラリアの法廷でも参考にされるためです。

授業についていくのは非常に大変です。1年生の1学期は判例も読み切れず、授業も教授が何をしゃべっているのか半分以上わからず、消化不良のまま試験期間に突入してしまいました。仕方がないので、授業のシラバスや授業中に配布したハンドアウトに重要そうに書いてある点(重要判例から抜き書きされたフレーズ等)を覚えて試験に臨みました。コモン・ローでは判例の事実関係の急所を覚えて、与えられた問題に対して、判例の事実関係とどこが同じだから判例に倣えばよい(followed)、又は判例の事実関係とここが違うから判例には従わなくてよい(distinguished)といった議論をするのが重要なのですが、1年生の1学期には、このようなことは全くできませんでした。授業を録音して聞き直せばよいというアドバイスもありますが、毎日4時間授業を受けている上に、翌日の予習をしなければならないので、授業を聞き直すような時間はとれません。アメリカでは各科目の内容が上手くまとまっている種本(Hornbookのようなもの)があり、それを読めば試験にも対応できると聞いていますが、オーストラリアでは、そのような類の出来の良い本は売っていません(少しは出ているのですが、あまり出来が良くなく、頼りになりません。)。1年生の2学期中頃からは授業の内容が分かるようになってきて、判例を読むコツもわかってきてスピードも上がり、判例で示された法原則だけではなく、判例の事実関係も理解して頭に入れて試験に臨めるようになりました。

学期末試験は大体1学期に受講する4科目のうち1科目が持ち帰り試験(1日間~3日間)で、後の3科目は筆記試験(3時間、手書き、ケースブック等の教材・紙の辞書は持ち込み可、択一問題はなく論述問題のみ)です。留学生に対するハンディキャップ措置はありません。なお、学期末試験の他に中間試験がある科目もあります。

ロースクールでの成績は法律事務所への就職の際に重要視されます。そのため、学生はかなり真剣に勉強しています。ロンドンや香港の国際法律事務所に就職しようと思えば、最低70点(Second Class Honour - 上位30%)の成績がなければなりませんし、オーストラリアの法律事務所に就職するにも最低65点(Third Class Honours - 上位50%程度)程度はないと厳しいと言われています。但し、アメリカのロースクールのJD課程に比べれば、そこまで学生間の競争は激しくないと思います。なお、メルボルンロースクールでは、成績は80~100点:H1(First Class Honours)、75~79点:H2A(Second Class Honours A)、70~74点:H2B(Second Class Honours B)、65~69点:H3(Third Class Honours)、50~64点:P(Pass)、0~49点:N(Fail)という付け方がされます。

(4)英語

JDは、同級生のほぼ全員が英語がネイティブの学生であり、クラスメートとして毎日同じ授業を受けており、彼らと自然に親しくなれるので、英語の上達につながります。JDのカリキュラムのも、グループ・アサインメントやプレゼンテーションが多くあり、英語でのコミュニケーション能力が高まるように配慮されています(各学期必ず1つはグループ・アサインメントとプレゼンテーションが必要とされる科目が入っていました。)。具体的には、1年生1学期にDispute ResolutionにおけるNegotiation Exercise(生徒が2対2で15分間の交渉を行う)、Principle of Public Lawにおける5人で行うグループ・アサインメント及び一人5分間のプレゼンがあり、1年生2学期には、Constitutional Lawにおける5人で行うグループ・アサインメント及び一人5分間のプレゼンがあり、2年生1学期には、Criminal Law and Procedureにおける5人で行うグループ・アサインメント及び一人5分間のプレゼン、Legal Researchにおける15分間の研究経過報告のプレゼンがありました。

グループ・アサインメントは中間試験の形をとっており、学期の中頃に実施され、最終的な成績評価の3割程度を占めます。なお、グループ・アサインメントではなく個人単位で行われる中間試験(指定された判例のいずれかを読んでケースノートを書く、週末に持ち帰り試験を行う、与えられたトピックについてエッセイを書く等で、やはり最終的な成績評価の3割程度を占めます)もあり、学期中に中弛みしないようになっています。なお、中間試験がなく、学期末の試験が成績評価の100%を占めるという科目も各学期1つか2つあります。授業中の発言が成績評価の対象になる科目は1年生の2学期に受講したLegal Theoryだけで、それも最終的な成績評価の10%にすぎませんでした。

(5)課外活動その他

1.Melbourne University Law Review 

2年生の1学期に、メルボルン・ロースクールが発行している法律雑誌であるMelbourne University Law Reviewのメンバーになり、編集作業を担当しました。アメリカにCitationのオーソリティーとしてBlue Bookがあるのと同様、オーストラリアにもAustralian Guide to Legal Citation(AGLC、現在第3版)というものがあります。編集作業は、このAGLCの規則に論文のCitationが従っているかチェックするというものです。リサーチスキル・Citationのスキル・正しい英文文章の書き方が身に着けられると思い、メンバーになりました。アメリカのロースクールだと法律雑誌のメンバーになるためには熾烈な競争がありますが、オーストラリアではそこまで激しい競争はありません。応募の際には、成績証明書・CV・カバーレターを提出して、リサーチ/Citationの試験及びEditorial Boardによる面接を受けます。

2.メンター制度

メルボルンJDには、メンター制度があり、学生一人一人に卒業生で実務家として活躍している方がメンターとしてつきます(メンター制度を利用しないこともできます。)。私のメンターは、行政訴訟を専門にするバリスター(法廷弁護士)の方で、日本に1年間の留学経験があります。担当する訴訟の法廷に連れて行ってもったり、インターン先を探す相談にも乗ってもらったりしました。

3.学生寮

メルボルンではGraduate Houseという大学院生用の寮に住んでいます。ロースクールの建物まで徒歩2分なので非常に便利です。寮費は、シングル・ルーム(家具付、バス・トイレは共用)で週340豪ドル、ダブル・ルーム(家具付、個別バス・トイレあり)で週440豪ドルでした。週12食分(月~金は朝晩2食、土日は朝1食)の食費、水道光熱費もこの金額に含まれています。私の寮には約100人が住んでおり、半分くらいは留学生です。朝晩の食事の際に一緒に食堂で食事を食べるので自然に仲良くなり、英語も上達します。また、寮では定期的に寮生が集まって行うイベントがあります。

4.オーストラリアの法律業界

人口500万人程度のビクトリア州だけでも法曹人口は1万6000人もいます。オーストラリアの大規模法律事務所はBig 6であり、Mallesons Stephen Jaque(弁護士数1000人)、Allens Arthur Robinson(弁護士数800人)、Blake Dawson(弁護士数650人)、Clayton Utz(弁護士数800人)、Freehills(弁護士数900人)及びMinter Ellison(弁護士数600人)です。各事務所ともオーストラリア国内の主要都市(シドニー、メルボルン、パース、ブリスベン等)に支店を持っています。これらの事務所は国際展開(但し、アジア地域のみ)も行っており、香港、シンガポール、上海、ハノイ、ジャカルタ等に支店を開いています。なお、Blake Dawsonは2009年にオーストラリアの法律事務所として初めて日本に支店を開いています。また、2009年には、オーストラリアでBig 6に次いで大きかったDeacons(弁護士数400人)がイギリス系国際法律事務所のNorton Roseと合併し、このNorton Roseが外資系事務所としてはオーストラリア最大の外資系事務所(所属弁護士総数1800人のうち400人がオーストラリア弁護士)となっています。

5.その他メルボルンの魅力

メルボルンはオーストラリアではシドニーに次ぐ第二の都市(人口400万人)であり、デパート、ショッピング・センター、スポーツ施設、文化施設等、一通りの施設が揃っています。メルボルン大学はメルボルンの中心地から歩いて15分程度の距離にあり、買い物等に便利です。1月にはテニスの全豪オープン、3月にはF1グランプリ、冬季(4月~9月)にはオーストラリア・ルール・フットボール(通称フッティ)、夏季(12月~2月)にはクリケットの試合が楽しめます。ゴルフ場も郊外にたくさんあり、1ラウンド40豪ドル程度払えば、プロのトーナメントに使用されるコースでもプレーできます。観光スポットは、奇岩が並ぶ海岸が見られるグレート・オーシャン・ロード、野生のペンギンが生息しているフィリップ・アイランド、ワイン産地のヤラバレー、かつての金鉱町バララット等があります。

(6)オーストラリアJDが取得できる大学

オーストラリアの著名な大学で、JD課程がある大学を以下に紹介します。Bond University以外は全てオーストラリアのトップ・スクールであるGroup 8の大学です。その他のGroup 8の大学は、Monash University(メルボルン、ビクトリア州)、University of Adelaide(アデレード、南オーストラリア州)、University of Queensland(ブリスベン、クイーンズランド州)であり、これらの大学はJDを導入せず、LLBを維持しています。アメリカと違ってオーストラリアでは学生が州を越えて他州の大学に行くことはあまりありません。各州の優秀な学生は、その州のトップの大学に行くのが通常です。シドニーとメルボルンは人口が多いのでトップの大学が2つあり、後の州は1つずつあります。

1.University of Melbourne (メルボルン、ビクトリア州):

2008年からJDスタート(LLB廃止)。JDは3年間だが、2年間に短縮することも可能。商業系の科目に強い。

応募要件は、応募用紙(推薦人を2名記載する欄があるが、推薦状は不要)、Personal Statement(800字以内)、学部・司法研修所の英文成績証明書、TOEFL(iBT)102点以上(Writing Sectionは24点以上、その他のSectionは21点以上)又はIELTS(Academic)7点以上(Writing Sectionは7点以上、その他のSectionは6点以上)、Law School Admission Test(LSAT)。

アメリカのロースクールと違って、LSATの成績はそこまで重要視されておらず、LSATが足切りに使われているということはないと思います。LSATは日本では年3回(6月、10月及び12月)実施されます。メルボルンJDの応募は授業が開始する年の前年7月中頃締め切りとなっています。入学時期は毎年2月の年1回のみです。JDの学費は、約8万豪ドル(24科目分)で、科目数を基準に計算されるので、2年で修了しても金額は変わりません。

2.University of New South Wales (シドニー、ニューサウスウェールズ州):

2010年からJDスタート(LLB廃止)。JDは3年間だが、2年間に短縮することも可能。入学時期は年2回(2月に開始する1学期からの入学は前年10月末までに出願、7月に開始する2学期からの入学は5月末までに出願する必要があります。)。TOEFL(iBT)90点以上(Writing Sectionは24点以上)又はIELTS(Academic)6.5点以上(全Section 6点以上)が要求され、LSATは要求されていないようです。学費は約8万豪ドルです。

3.University of Sydney(シドニー、ニューサウスウェールズ州):

オーストラリアで最も歴史のある大学。2011年からJDをスタートします。

4.University of Western Australia (パース、西オーストラリア州):

2013年からJDスタート(LLB廃止)。JDを2年間で修了できるかどうかは不明。資源関係の科目に特に強い。募集がまだ先のこともあり、まだJDの応募要件の詳細は決まっていないようです。

5.Australian National University (キャンベラ、オーストラリア首都地域):

オーストラリアで最も国際的な評価の高い大学。公法系の科目に強い。但し、JDは3年間で2年間には短縮はできない。また、LLB教育が中心でJD学生は少数派。

6.Bond University (ゴールドコースト、クイーンズランド州):

Group 8ではなく、歴史が浅いため知名度は低いが良い大学。JDとLLBの両方がある。JDは2年間で修了する。また、Trisemester制を採用しており、入学時期は年3回ある。但し、シンガポール法務省に認定されている大学ではないため、シンガポールの法曹資格取得のための要件は満たせない。